中小企業庁様では全国の中小企業や小規模事業者による事業の成功事例や、政策支援の効果的な活用事例をまとめ、事例集として定期的に作成し、Webや紙媒体で公開されています。しかし、作成された事例集の多くがPDF形式であったり、公開サイトが統一されておらず、中小企業それぞれのニーズに合う事例を簡易に素早く検索することが難しいといった課題を抱えていました。
このような課題を背景に経済産業省・中小企業庁のデジタル・トランスフォーメーション室(*注)(以下、※DX室)様は、現在のデジタルの時代に必要な行政サービスを検討する為に、あるべきサービスとその開発手法に関する調査事業を2018年度に公募され、TC3がこれを受託しました。
検討対象となったサービスは、過去に公開した成功事例をユーザーが直感的に検索でき、気に入った事例を「お気に入り」として保存出来るWebベースのアプリケーションで、TC3はTopcoderのコンテストを活用したアジャイル開発のプロジェクトとして、この調査を6ヵ月間で実施いたしました。
今回は、この調査プロジェクトを振り返り、実施したプロジェクトの進め方やグローバルのデザイナーやエンジニアのスキルを活用したTopcoderのコンテストについて、経済産業省、中小企業庁のプロジェクトチームの皆様にご感想を伺いました。
(*注)経済産業省DX室:2018年7月より経産省の中で行政サービスのデジタル化を推進するために設置された組織。ユーザー視点に立ったサービスの開発や、データの利活用による政策立案、サービス向上を目指し、関係部局が連携した組織となっている。
■ お話を伺った経済産業省、中小企業庁のプロジェクトメンバーの皆様
(所属・役職はプロジェクト時)
- 経済産業省 CIO補佐官 平本 健二 様
- 経済産業省 商務情報政策局 総務課 情報プロジェクト室 室長補佐(企画調整) 吉田 泰己 様
- 経済産業省 商務情報政策局 総務課 情報プロジェクト室 林 大輔 様
- 中小企業庁 経営支援部 創業·新事業促進課海外展開支援室 企画調整係長 江夏 一翔 様
■ インタビューに参加をしたTC3のプロジェクトメンバー
- TC3株式会社 Topcoder事業部 事業部長 吉川達郎
- TC3株式会社 Topcoder事業部 プリンシパルコンサルタント 篠崎友一
- TC3株式会社 Topcoder事業部 プリンシパルエンジニア:木幡善文
[写真左より、林様、平本様、江夏様、吉田様]
目次
経済産業省とアジャイル開発について
− 今回のプロジェクトの開発手法としてアジャイル開発を選択された理由や背景について教えてください。
吉田様:今回のプロジェクトはこれまでとは違った開発手法でどういったことが出来るのかを調査するプロジェクトでした。これまでの行政のITシステム開発はベンダーの方に任せてウォーターフォールで行うやり方が一般的となっており、その開発手法自体に成果物の使い勝手が悪い要因があるのではないかという問題意識がありました。どういった手法があるかを考える中で、クラウドソーシングを活用したアジャイルな開発プロセスを検証することとしました。
平本様:アジャイルやクラウドソーシングという言葉が話題になることが多くありつつも、誰も行った経験がない中で議論をしているような状況であったため、新しい手法に自らチャレンジすることによって実際に政府調達との親和性を見て、スモールプロジェクトで実際にここは使えるぞ、ここは使えないぞということを評価していくことが重要だと考えました。このプロジェクトと同時に並行して進んでいたもう一つのプロジェクトではアジャイルチームを組成してプロジェクトを実施しましたが、TC3様とのプロジェクトでは最先端の手法を使いつつ、何が我々にフィットするのか、どの部分を取り入れればよいのかを検証したいというのが、電子行政の観点からのこのプロジェクト実施の背景です。また、中小企業庁としては良いものをユーザー本位で作っていきたい、そのために良い方法があるのであればトライアルしてみたいということでした。
− 今回Topcoderのコンテストを活用したプロジェクトを実践されて良かったこと、悪かったこと、感じたこととしてはどのような事がありましたでしょうか?
吉田様:Topcoderにはエコシステムが既に存在し、優秀なエンジニアやデザイナーが登録されている環境があるので、コンテストから比較しうるレベルの成果物が複数出てくる点が強みだと思いました。今回のプロジェクトはサービスの利用者にとってどう見やすく、使いやすくするかが重要で、UI/UXデザインを見て判断出来るということが必要だったため、Topcoderのデザインコンテストはフィットしていたと考えています。
平本様:コンテストを行う事の優位性として、お互いの納得感の高さがあると思います。デザイナーは自己の視点から最良と考えるUI/UXを作り、クライアントは複数提出された成果物の中から良いものを選択するというシステムが前提としてあるので、お互いの納得度がとても高いと思うんですよね。良いものをお互いに作っていけるモチベーションにもつながると思います。
[ TC3のプロジェクトメンバー:写真左より、木幡、篠崎、吉川 ]
− 世界中の様々な国や地域からメンバーが参加をするTopcoderのコンテストに対して、メンバーの顔が見えないことや、人が集まるかが分からないなどの不安な点はありませんでしたか?
吉田様:実際には期待の方が大きかったですね。日本の行政におけるITシステム開発というのは基本的に日本人のみのチームで開発しているものが多いと思われ、本当は海外にも優秀な人がいるはずなのにそういった人たちにリーチ出来ていない、良いプロダクトがあるのに、それがローカライズされていない為に日本で使えないような事はあるのではと思っています。そういう点で考えると、グローバルなタレントが日本のプロダクトを作ってくれるというのは、官公庁ではあまり実績がなく新しい試みだと思っています。
平本様:我々は自分たちの頭の中にある従来の紙の事例集の延長線上で考えてしまいがちですが、それに対してグローバルにいる方たちは全く違う観点で、事例ってこう検索できたら嬉しいよね、というところから考えてデザインをしてくれる点が新たな気付きとなりました。我々が、既存の枠組みで表示されるべき事例の順番を決めたりするのに対して、これを最優先で見たいだろうという提案をデザインに落として提示してくれるのは新鮮でしたね。そういう意味ではTopcoderのようなサービスにはすごく期待感があります。我々もグローバルで通用するサービスに向かって行かなければならないことを考えると、日本の中だけで考えているのはあまりよくないなという部分もありますね。
吉田様:平本さんがおっしゃるように、日本のサービスだから日本人だけをターゲットに展開するというのは世界のスタンダードから見ればずれているのではないかと思っていて、海外にいる人にも日本の中小企業の良い事例などをしっかりと伝えていくということが重要だと思います。特に海外であれば現地の言語と英語の両方でコンテンツを展開することがほぼ標準となっている中で、日本も同じレベルのことを行う必要があるのではないかと考えています。
林様:コンテストの開催中のフォーラム(*注)でのやりとりを見ていて、コパイロット(*注)の方のスキルが相当高いなという事を感じました。我々の要求をきちんと汲み取った上でコンテストの質問をさばいていて、参加者から「こういう風に作った方がいいんじゃないか」という提案があっても「それはクライアントが求めていることではないからやめてくれ」と、我々の要望を押さえた上でコミュニケーションをしてくれたように、参加者をしっかりコントロールされていた事が印象的でした。
(*注)フォーラム:コンテスト参加者がコンテストに関する質問を自由に投稿・閲覧出来るコミュニティ内の掲示板
(*注)コパイロット:コンテストやプロジェクトをTC3と共に推進するTopcoderコミュニティのメンバー。UI/UXやフロントエンド開発、アルゴリズム開発などのコンテストテーマに応じて専門スキルを持つコパイロットをアサインし、コンテストを共同で実施する。
TopcoderのUI/UXデザインコンテスト、開発コンテスト
− UI/UXデザインコンテスト、開発コンテストを実施されて、そのプロセスや成果物についてどのように思われましたか?
平本様:UIデザインの成果物評価の際に、提出されたデザインが自由に見られるように壁に貼り出されていました。何種類もあるデザインを皆で見ながら「これはここが良い」「ここが良くない」というディスカッションをしていくわけですが、我々だけで考えるのではなくてTC3さんの解説を聞きながら一緒に見ることで、考える幅を広げられたというのは素晴らしい事だと思いますね。
【UI/UXデザインコンテスト時の成果物確認の様子】
コミュニティメンバーが開発した画面デザインを全て貼り出し、TC3が仕様への適合度や実装容易性などの解説を行いながら、入賞成果物と順位を決めます。
吉田様:普通にIT事業者の方に依頼する際には、通常は案自体が1つのケースが多いです。インターフェースのデザインにしても、提案前にこういうものを作りたいという話をして、その後提示されてくるのは基本的に1案しか出て来ないことが一般的な中で、今回のデザインコンテストのように複数案が提示されて、それらを比較して選択出来るというのは良いなと思いました。提示されるデザインにしても予めどこまで要件を詰めるかという前段階の準備が必要であるにせよ、そこをきちんと押さえることでイメージに合った成果物が出てくるというのは凄いと思います。
林様:私が良かったと感じたのは、コンテストに参加する方のモチベーションの維持のさせ方で、Topcoderに限らずコンテストを開催する時に課題となるのは、参加者数をいかに確保するかとその参加者達をいかに脱落させないかという事だと思っています。今回コンテストの中間レビュー(*注)時に中間入賞者を決める際、その時点で入賞出来なかった参加者に対してもしっかりとフィードバックのコメントを返す形式となっていて、その結果、最終レビューの際には中間レビューの際に入賞しなかった複数の参加者が残り更なる成果物を得られたのは、そういったプロセスが機能していた為だと思っています。
(*注)中間レビュー:UI/UXデザインコンテストやアイディエーションコンテストの実施中間段階で、コンテストメンバーが中間成果物を提出するタイミングを設け、その方向性や要件との合致度をレビューし、フィードバックを返す為の仕組み。
【UI/UXデザインコンテストの成果物サンプル】
(サムネイル画像をクリックすると大きく表示されます)
◆ コンテストで1位を獲得したインド人メンバーによる画面デザインの一部
◆ コンテストで2位を獲得したタイ人メンバーによる画面デザインの一部
◆ コンテストで3位を獲得したロシア人メンバーによる画面デザインの一部
プロジェクトの最初のタイミングで実施したUI/UXデザインコンテストの入賞作品の一部。14日間のコンテストに35人のTopcoderメンバーが参加し、最終的に9名のメンバーが成果物であるUI/UXデザインを提出しました。
– UI/UXデザインコンテストは成果物を視覚的に確認出来るので進行や成果が分かり易いと思いますが、成果物がコードとドキュメントとして上がってくる開発コンテストについてはどのように感じられたでしょうか?
林様:通常のプロジェクトの場合は本当に最後の段階で完成した成果物をレビューする形が一般的なのに対して、今回のプロジェクトでは開発の中間段階で、プロトタイプで動きを確認出来た事が大きいと思っています。プロトタイプを確認したタイミングでこちらからもいろいろな要望・コメントを出させていただきましたが、その要望をクイックに修正いただけた事が、短いスパンで高い品質のサービスが可能になった要因の1つなのかと思っています。
TC3のプロジェクトマネジメントについて
− 今回の調査プロジェクトはTC3の他のプロジェクトと同様に「リーンな開発手法」「開発の進捗状況のリアルタイムな共有」「柔軟なピボティング」をテーマとして進められたのではとTC3としては考えておりますが、プロジェクト全体の進め方について経済産業省様のご感想を教えてください。
平本様:印象に残っている点で言うと、コンテストの前段で仕様を作成する際にしっかりとサポートをいただけたと思っています。我々もよく仕様を書きますが、後から受託した方と調整の会議をすることを前提にざっくりした仕様になることも多いわけですよね。それに対し、TC3さんが我々とTopcoderの間に入って「こういうことを言ってもらったほうがいいですよ。これはどうですか?」という形で重要なポイントの仕様整理をしっかりとサポートしていただいた事が成果物の正確さに繋がったのではないかと思います。
【プロジェクト体制図】
DX室様と共にTC3の「コミュニティアーキテクト」が要件の整理を行い、切り出した技術課題を解決する成果物を「コンテスト」の形式でTopcoderを活用して開発するプロジェクトを実施。
林様:ピボティングという意味では、予め規定したフォーマットの標準に則ってデータを作ろうとした時に、事例の基となるデータを確認すると標準に合わないものが多く、レングスを変えたりしなければならないものが後から結構出てきてしまってスケジュールの変更が発生しましたが、TC3さんに柔軟に対応をしていただけた事が助かりました。
江夏様:2週間に1回のペースで定期ミーティングを開催して、その都度目に見えてプロジェクトが進捗していることを目の当たりにした時に、これまでの開発手法とは明らかに異なったプロジェクトマネジメントであることを体感しました。また、経済産業省側でプロジェクトの締め切りを様々な紆余曲折を経て当初プランからかなり変更したことなどがありましたが、その際にもTC3さんにはスケジュールを柔軟に組み替えていただきました。これは我々行政の側でもピボティングが出来る余地を持ったプロジェクトマネジメントを定着させないと、アジャイル開発のプロジェクトは成立しないなと今回のプロジェクトを通して考えました。
− 今回のプロジェクトのQCDF(Quality・Cost・Delivery・Flexibility)についてはどうご評価されますか?
平本様: 僕はクオリティーが良かったと思っていますね。デリバリーの速さについては我々が活かし切れなかった部分があると考えています。今までは週次で進捗報告をやってもウォーターフォールだとまるで「亀の歩み」のような進み方だったのに対して、このプロジェクトでは早々にデリバリーのタイミングが訪れて、我々の心の準備が出来ていないような段階で「次の方策を考えて下さい」と言われてしまうようなスピード感でした。今回のような速い展開のプロジェクトに慣れなければいけないのではと強く感じています。我々は、若手のメンバーも含めて権限を与えた上で、現場で意思決定をしてもらうこともしているのですが、行政全体を見回してみると意思決定のヒエラルキーの中で「こんな風に言われちゃったんですけどこれは課長に決裁を仰がないと…」という形になってしまう現場も多くある訳です。それでは今回のようなプロジェクトはとても回らないですよね。我々がアジャイルなやり方をやるのであれば担当者に大きな権限を委譲してやらせるとか、持ち帰りとした課題をその日のうちに返すとか、そういったカルチャーを我々行政にも作らないと、この仕組みにおけるデリバリーを活かし切れないのではないか、ということを強く感じました。
吉田様:仕事のスピード感というか、今の行政基準でものごとを進めようとすると凄く遅くなってしまうところと、今回のようにクイックに進んでいくプロジェクトとのギャップをどう解消するかが今後の課題かもしれないですね。いわゆるITベンチャーのような企業でプロダクト開発をしている人のスピード感というのが、ある意味今回のTopcoderでのスピード感だと思うんですよね。我々はそのスピード感に合わせてものを考えて行かないと、ここをこうした方がいいというクリティカルな指摘っていうのが本当に出来ないと思っていて、そこが合ってないというのは我々の課題なのかもしれないですね。
他のクラウドソーシングサービスとの比較
− 今回のプロジェクトと他のクラウドソーシングサービスと比較して異なる部分があれば教えてください。
吉田様:我々は使ったことがないという前提ではあるのですが、他のクラウドソーシングサービスは、例えばデザインをして欲しいとか、コードを書いて欲しいとか、個別にこの部分だけ出来ないからクラウドソーシングにお願いするとか、単純作業でこの部分を切り出してクラウドソーシングした方が安いから依頼するといったケースが結構多いのではないかと思います。それらと比較するとTC3さんのサービスというのは、様々なコンテストを組み合わせてプロジェクト全体をクラウドソーシングで出来る点がやはり強みの1つなのではと考えています。
また、多くのクラウドソーシングの場合は依頼する相手が個人で、しかもその人のクオリティーが分からない状態で依頼することが多いのに対して、Topcoderのコンテストは成果物で競い合うのでクオリティーもある程度担保されると考えており、この点も強みの1つだと思います。
参加するメンバーや成果物に対して正当に評価する仕組みがきちんと出来ていないようなクラウドソーシングサービスだと、そこで何か問題が生じたりプロジェクト自体うまくいかなくなったりということもあると思います。そこをTopcoderの場合はきちんとその間を取り持つコパイロットが入って、TC3さんのアーキテクトが入ることによって、コンテストの進行も円滑にしているというところも、他のクラウドソーシングとは違うもう一つの点なのだろうなと思いますし、そういう仕組みによってトータルのインテグレーションが可能になっているのだと思います。
− 多くの貴重なご意見を頂きまして誠にありがとうございました。
プロジェクトを終えて – TC3より
今回の調査プロジェクトはTC3として行政機関様との初めてのプロジェクトでしたが、民間企業様とのプロジェクトと同様に、TopcoderのコンテストとTC3のエンジニアリングリソース、プロジェクトマネジメントリソースを活用して、クイックかつフレキシブルにプロジェクトを実施することが出来たと考えています。一方で、お客様との共創プロジェクトチーム組成についてなど、より効果的なプロジェクトとする為に工夫出来る点がまだまだ多くあることも分かりました。
TC3は今回の経済産業省様とのプロジェクト経験を大いに活かし、行政機関様、民間企業様を問わず、日本のお客様に引き続きデジタルテクノロジー活用のご支援を実施して参ります。