TC3の代表である須藤が『流通ネットワーキング 2024年3・4月号』に、『サービス開発におけるギグ・エコノミー活用動向とデジタルな顧客体験向上のためのポイント紹介』というタイトルで記事を寄稿いたしました。本記事では、当該記事を掲載いたします。流通ネットワーキングではそれ以外にも興味深い記事がございますので、是非お手にとってみてください。

フリクションレス顧客体験の実現事例

2017年6月22日の日本時間午前2時14分、とあるインターネット上のウェブサイトにて、フリクションレス顧客体験を実現するためのアイデアを募集する「コンテスト」が静かにスタートの火蓋を切った。

このコンテストを主催したのは多国籍携帯電話事業会社大手の Vodafone である。本社のあるイギリスでは新ブランディング戦略を発表したばかり。

この新戦略のもと、多店舗販売網の構築で培ったきめ細やかな対面販売と同時に、ウェブサイト経由での販売やユーザー自身による購買管理を実現することで、オンラインとオフラインの両者をシームレスに結びつけ、フリクションレスな顧客体験の提供を目指していた。現在の用語で言うと、オムニチャネルやOMO(Online-merges Offline)などの施策に近いものだろう。

プロジェクトを進めていく中で Vodafone が出会ったのが、アメリカの Topcoder というウェブサイトを運営する企業だった。

Topcoder は少々面白いウェブサイトを運営している。元々はアメリカ東海岸のボストンで立ち上がり、近郊にあった MIT や Harvard などに所属するプログラミング好きな学生を呼び込んで、誰が一番プログラミング能力があるのかを競い合うことができるサービスを提供していた。

このウェブサイトではチェスのレーティングを真似た、段位認定のようなシステムがあり、より優れたプログラマーはより高段位を取得することで自分のプログラミング能力を自慢することができる。この仕組みがプログラマーにうけたのか、2000年代初頭には、例えば Facebook の設立者 Mark Zuckerberg や、旧 Twitter の設立者 Jack Dorsey などの顔ぶれも、自分のプログラミング能力を競っていた。

このウェブサイトは徐々に世界中の開発者を呼び込むこととなり、現在では単なるプログラミング能力を競い合うためのウェブサイトとしてだけではなく、企業がコンテストという形でお題を投げ、世界中のエンジニアやデザイナーから成果物を得ることができるサービスとなっている。入賞者は賞金と同時に段位認定のランキングも上げることができる仕組みだ。

この Topcoder のサービスは立ち上げ以降、実社会のさまざまなプロジェクトで活用され成果を上げている。例えば NASA のスペースステーションの制御アルゴリズムでは大手航空機メーカーのソフトウェア技術者よりも優れたアルゴリズムが生まれたり、人間の DNA の解析では、それまで8時間以上かかっていた処理が、たった2週間のコンテストによって脅威の40秒に縮まった、など成果に枚挙のいとまがない。

これはすなわち、世界中から集まり競い合った結果の成果物は一部の専門家をも凌駕することがあり、とくにこれまでにない新たな発想が求められる時には、こうした仕組みが優位に働くことは想像に難くない。

図1 Topcoder ウェブサイトで公開されたデザイン・コンテスト

Topcoder に見るように、所属している企業とは別の場所やフリーランスなどの立場で単発もしくは短期の仕事によって社会貢献をする働き方はギグ・ワークと呼ばれ、インターネットの発達とともにここ10年程度で世界中では爆発的に増えている。このような働き方をする方を活用する経済圏はギグ・エコノミーと呼ばれ、Topcoder のようなギグ・エコノミーとして提供されるサービス(ウェブサイト)は世界中で800以上あると言われ、世界的に人材不足が叫ばれる中で、日々新しいサービスが生まれているといえよう。

先の Vodafone の事例では、新しいフリクションレスな顧客体験を求め、この Topcoder を利用し世界中のエンジニアやデザイナーに対して、約2週間のコンテストを実施したものである。

弊社 TC3 は、この Topcoder の日本における唯一のパートナーとして、他のギグ・エコノミーサービスも併用しつつ、新しい働き方であるギグ・エコノミーを活用したソフトウェア開発を提供している。

私は小売業や流通に関しての知見は浅いが、フリクションレスな顧客体験には欠かせないであろう、ソフトウェア開発の専門家としての切り口から、どのように開発プロジェクトを進めていくべきか、弊社の過去事例などにおけるベストプラクティスを元にご紹介したい。

従来型ソフトウェア開発プロジェクトとの違い

Vodafone の例を見るまでもなく、顧客体験の向上にはシステム全体の UX がひじょうに重要になる。

一般的な会計ソフトなどの業務アプリケーションは、誰が使い、何を実現すれば良いかがある程度明確である。ところが、顧客向けの UX の向上、となると、そのためのさまざまな機能を考えることはできるものの、それが最初から正解か(思ったようなインパクトを与え、受け入れられるか)が分からないことが難しい点だと考えている。

例えば、フリクションレスというキーワードで考えると、レジなしコンビニエンスストアの Amazon Go は他社から数歩先を行く顧客体験を提供することを目指していたと思われる。確かに未来の小売の一つの形なのかもしれないが、思ったほど顧客に受け入れられず、閉鎖が続いていることは記憶に新しい。

ソフトウェア開発の世界では、このように不確実性のあるシステムの構築手法として「リーン開発手法」と呼ばれる手法が一般的になってきている。

これは、ムダの排除に注力したトヨタ生産方式を研究して編み出されたリーン生産方式のソフトウェア開発版である。

顧客体験の向上に向けたリーン開発手法

リーン開発手法はさまざまな意味で使われることがあるものの、弊社でとくに重要視している概念は(1)MVP(Minimum Viable Product)と(2)デザイン思考の開発方法論である。

MVP は、その名の通り「実用最小限の製品」の意となる。最初から大きなサービスを作るのではなく、最初の仮説、すなわち顧客体験を向上するであろう特定の機能の仮説を立て、その機能のみに絞り実用最小限のサービスを作り、主要な顧客からのフィードバックを得る。それを元にさらに継続的に開発する。こういったプロセスの根幹にある考え方である。私のこれまでの経験上、多くの場合、最初の仮説は当たらずとも遠からず、ということが多い。そのため、この小さなフィードバックのサイクルを繰り返すことで、システム全体が何度も改善され、顧客満足度の高いシステムを開発していく方法となる。

デザイン思考の開発方法論は、開発の一番最初にどのようなモノを作るべきか決める際に、文字やプレゼンテーション資料などで考えるのではなく、デザイナーと一緒に実際のソフトウェアに見立てた画面群を作りながら、対話式にMVP として開発するべきモノを定義していく方法論である。この際、専用のデザインツールを活用することで、ある程度の顧客体験を視覚的・感覚的にも実際に試すことができるため、プログラミングなどの開発をすることなく、見込み顧客や既存顧客などへ実際に作るものの方向性が正しいかのフィードバックを早期に得ることができることも魅力となる。

先の Vodafone での事例では、まさにこの2つを取り入れ、まずは世界中から顧客体験を最大化するためのアイデア(デザイン・プロトタイプ)を募った。コンテストを一度で終わらせることなく、デザインレベルでも複数回の改善を繰り返し、実際の店舗販売員や顧客向けの機能・ウェブサイト群などを作り上げていった。

図2 顧客体験の向上を目指すとき、システム構築上気にするべき3つの点。この1番目にあげたMVPやデザイン思考での進め方が最初の鍵となる。

リーン開発手法の課題と解決策

このように、リーン開発手法は顧客体験の向上と言った不確実性の高いモノを、投資対効果が最大限になるよう、失敗(ムダ)はできるだけ初期に判明させ、改善を繰り返すことができるメリットがある最善な手法に思える。一方で、課題があることも確かだ。

弊社のこれまでの経験では、いちばんの課題は、手法ではなく現実的な商慣習に見受けられる。

リーン開発手法は継続的に無駄を除去し、改善を繰り返すことで成り立つ。このためには専任の人員が配置され、常に不確実なモノを試行錯誤しながら構築していく必要がある。しかし、自社で専任のシステム開発人員を抱えて継続的に改善する体制を持っている場合は少ない。多くの場合、どのようなモノを作るべきか最初に決め、外部の開発ベンダーに開発を請負契約で委託することとなる。

当然ながら、開発ベンダー側は金額とスケジュールを見積もるために、どのようなモノを作るべきかを最初に決めなくてはならず、発注された業務内容の途中での変更は基本的にできない。

こうした商慣習はリーン開発手法とはなかなか相容れないものがあることから、様々な法的施策が考えられてはいるものの、なかなか広まっていないのが現実ではないだろうか。

弊社では、開発プロジェクトを進める際、数ヶ月程度の期間で区切りながら進めることが多い。いちばん最初はデザイン・ファーストの開発方法論に則り、デザイン・プロトタイプを作りMVPを定義する。その後、ソフトウェア開発のアーキテクト(設計者)と呼ばれる者が開発プロセス全体を統括し、定義されたMVPをリリースまでもっていく。また、この開発フェーズにおいてギグ・エコノミーの力を活用しながらプロジェクトを進めている。専任の開発者体制を手厚く準備しなくてもいいのが特徴だ。

いったんリリースすると、そこからは継続的な改善である。改善内容に応じて1ヶ月から数ヶ月の単位で頻繁にリリースを繰り返すことで、少しでもリーン開発手法に寄りそう形でシステムの構築を進めている。

顧客情報の管理

最後に、顧客体験の向上を目的としたシステム構築の際にほぼ必ず出てくる顧客情報の管理についても触れておきたい。

多くの場合、顧客体験の向上に合わせ、実際にはこれまで以上の顧客情報の一元管理を目指しているということをよく伺う。すなわち、単なる顧客体験の向上施策に留まらず、今後の新しいサービス展開に備え、顧客の購買履歴や嗜好も把握していく。これは、様々なものがデジタル化していく世の中で、今後のビジネス拡大を見据えた基盤の構築も実現し、戦略の一つの柱にしたい企業が増えていることだと捉えている。

当然、顧客の情報を管理するためには、誰がシステムを使っているのかを特定する必要がある。システム的に人を特定する技術の一つが ID とパスワードであり、これらは認証技術と呼ばれている。

認証技術は、今やほぼすべてのシステムに必須となっている技術であり、顧客を特定することで、例えばショッピングサイトではその人の買った購買履歴を見ることができる。当然、別人の購買履歴や住所を表示することは問題となり、認証技術はコンピューターのセキュリティと密接な関係がある。

同時に、認証技術は顧客の一覧を管理するための重要な要素でもある。そのシステムを誰が、どのように使えるかをつかさどる中心技術であり、利用者の一元的な管理が認証技術としても欠かせないからだ。

一昔前までは認証技術はそれぞれの開発プロジェクトが独自に実装(開発)することが多かった。しかし、より高度なセキュリティが必要になるにつれ、今や独自実装はセキュリティの穴になることが懸念され、他の多くのシステムで利用されている認証サービスを組み込むことがほとんどになっている。

同時に、認証サービスと組み合わせて、簡易にユーザー管理を実現するサービスなどもある。ユーザー管理というとシステム管理者がユーザーの追加などを実施すれば良いと思われがちだが、例えば、構築するシステムが企業向けのシステムだった場合、該当企業のシステム管理者がユーザー管理の主体となることが予想される。

こうした様々なサービスを組み合わせて、共通の認証基盤を構築し、その上に自社ビジネスのコアとなる複数のサービスを順次乗せ、ビジネスを展開していく。共通認証基盤と顧客情報の管理システムと連携させることで、将来のビジネスチャンスを広げる流れが現在のトレンドと読み取れる。

弊社はこうした共通認証基盤の構築を得意とし、顧客情報の管理を実現しながら、先に紹介したギグエコノミーを活用して不確実性の高い、顧客向けのシステム構築を提供している。ご興味などございましたらお気軽に弊社ホームページよりお問い合わせ頂きたい。

図3 顧客の認証サービスとして世界中で広く使われている Okta 社 のAuth0 の管理画面。認証サービスの中には、この例のようにID/パスワードの入力画面のカスタマイズやスマートフォンを利用した顔認証への切り替えなども簡単にできるサービスなどもある
図4 TC3 が提供している顧客の組織管理を実現するサービス例。顧客情報の管理システムを構築する際には、このような様々なサービスを組み合わせて構築することが一般的になってきてきる

ソリューションサービスのご紹介

TC3はOkta CIC(Customer Identity Cloud)を代表とするIDaaSを活用したデジタルサービス開発のプロフェッショナルです。

すでに実践的に設計・実装された基盤を用いることで、事業部やサービス間の調整を減らし、リリースまでの期間を早め、ユーザー体験を向上させるといったメリットの多い開発プランをご提供します。

トライアル・MVP開発の段階から、どのようにIDaaS/CIAMを導入するかについてもサポートさせていただきますので、お気軽にお問い合わせください。

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